| 11月2日 メディア対話(後半)報告 |
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メディア対話の後半部では「日中メディア間の交流と協力を強めて、両国民の相互理解と信頼を促進する」をテーマとして議論が交わされました。前半からは参加者が一部入れ替わり、パネリストとして、日本側から木村伊量氏(朝日新聞社ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長)、会田弘継氏(共同通信社編集委員・論説委員)、飯田政之氏(読売新聞東京本社文化部長)、原田誠氏(NHK国際放送局長)、山田孝男氏(毎日新聞政治部専門編集委員)、中国側から馬為公氏(中国国際放送局副総編集長)、張明新氏(中国新聞社副総編集長)、呉長生氏(人民日報高級編集者)が出席し、司会は引き続き国分氏と陳氏が務めました。 後半部は討論を中心に進められることになりました。まず、司会の国分氏は、前半の議論について(1)両国がお互いに持つイメージが悪化しているか、悪化してないか(2)世論調査の結果と現実は乖離しているのか(3)世論とメディアの関係性はいかなるものか、の3点において意見が分かれた、とまとめた上で、今年は特にメディアと世論の関係について討論をしたいと述べました。 この意見に対して馬氏は、「中国の日本に対する報道について日本は何も知らなかったはずだ」と反論しました。その上で、日本の報道は中国への批判やマイナス報道が多いと感じるということ、そしてメディアは両国の相互理解を深めるのに重要な役割を果たすと述べました。 会田氏はテーマである「メディアの責任」について、メディアの責任は、人々が世界を理解する手助けをすること、事実を探り当てることに責任があるという考えを述べました。この意見に対して、張氏はメディアの報道は世間に影響を及ぼすと述べ、加えて、相互信頼について、民間交流ではメディアが先に立つことが必要であると述べました。
呉氏は、メディアが相互理解を阻むこともあり、メディアは自己を規制することが必要であるということ、また、言葉だけでなく実際に行動していくことが必要だと述べました。 次に、山田氏は「メディアは大衆の批判を受けようとも怖がらずに意見を述べるものである」と述べました。そして、中国の経済雑誌「財経」という雑誌のトップ60名が突然全員辞めた理由は政府の圧力であるのかと中国側に対して率直に質問しました。 原田氏は、自身の経験から、中国のメディアに関しては「最近は少しずつ中国メディアが自由になってきているのではないか」という見解を示し、自身のメディアに対する考えとしては、例えば中国の政治経済や日中関係を報道するのは義務だが、中国国民の暮らしや何を求め、どう暮らしているのかということを報道するのも重要だということで活動をしていたと述べました。 ここで一旦国分氏がここまでの討論を総括し、政治関係が安定したのに、お互いのマイナスイメージが固定化されたままで好転しない理由は、政府に対する批判がメディアの中にたくさんあり、政府の外交についての良い動きがきちんと報道されていなかったのではないかと述べ、メディアの持つべき公共性が商業主義とうまくかかわっていかなければいけないところに難しい問題があるのではないかと指摘しました。 これを受けて馬氏は、田原聡一郎氏より日本の天皇をどう考えるのかと聞かれて日本の国民が決めることなのでコメントできないと答えたというエピソードを紹介した後、報道の自由について、「報道の自由は異なる国で異なる理解がある」と強く主張しました。 会田氏は、天皇制にノーコメントとした馬氏の態度を批判し、「このグローバル化した社会では他国かどうかにかかわらず、どんなことにも意見を表明していくのがジャーナリズムではないか」と述べました。 呉氏は、中国のメディアを取り巻く環境に関して、「財経」のような雑誌を作る会社が存在することは30年前だったら考えられなかったことであり、それが存在したことだけでも中国がかなり変わってきていることを示していると応えました。 また、木村氏はメディアがいつも悩むのが読者という市場であり、売れないといけない、売れればいいのかというとそうではないと述べました。
また、張氏から発言があり、文化交流について飯田氏の意見に賛同し、文化交流促進のために、大人にもいいコンテンツを提供できる方法がないか期待していると述べました。 ここでフロアから中国側に対して、共同通信社の記者に対して暴行があった事件について、このような事件は頻繁に起こるのかという質問がありました。この質問に対して呉氏は、中国メディアは変化しており、暴力は許されているものではなく、今回の事件は個別の事件だと述べました。
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